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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)5740号 判決

原告 アショカ・サーカー

被告 学校法人亜細亜学園

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が、被告に対し、雇用契約上の地位を有することを確認する。

2  被告は、原告に対し、昭和五九年四月から毎月二五日限り一か月金一三万二〇〇〇円及びこれに対する右各支払期の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第二項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告は、学校の設置を目的とする学校法人であり、昭和三〇年から、亜細亜大学(以下「亜大」という。)を設置しているものである。

(二) 原告は、インドで生まれ、昭和二四年カルカッタ大学政治経済学修士課程を終了した者であるが、昭和三四年来日し、昭和三八年四月一日被告に亜大の講師として雇用され、昭和五八年度までの二一年間、当初は英語を、途中からヒンディー語を教えてきた。すなわち、昭和三八年四月から同五一年三月までは、同大教養部で英語(英語による時事問題、英会話、和文英訳)を、同年四月からは英語(和文英訳)とヒンディー語を、昭和五三年四月からは、経済学部国際関係学科(昭和五一年新設)を対象とする地域言語(ヒンディー語)と全学部を対象とする外国語(ヒンディー語)を担当してきた。

2  被告による就労拒否

被告は、昭和五九年四月一日以降原告との雇用契約が終了したとして原告の就労を拒否し、賃金を支払わない。

3  期間の定めのない契約

(一) 原告の採用に当たって、被告は、雇用期間が一年間限りであるとは全く言わなかった。そして「非常勤講師は、あらかじめ期間を定めて、これを嘱任する。」との規定のある亜大教員規定は、昭和四四年四月一日施行されたもので、原告の採用時には、施行されていなかった。

(二) 被告は、原告に対し、毎年度四月一日付で、昭和三八年度から四三年度までは「兼任講師」の肩書で、昭和四四年以降は「非常勤講師」の肩書で、賃金額を記載した辞令を交付してきた。しかし、その辞令の交付の時期は毎年四月下旬から五月上旬であり、その際にも雇用期間が一年間との説明はなく、辞令交付は当該年度の賃金額の確定という意味しか有しなかった。そしてそのほかにも雇用期間を限定するような雇用契約書等は何ら作成されていなかった。

また、専任教員と非常勤講師の区別は労働時間の区別であって、雇用期間の区別ではないから、非常勤講師と雇用期間の限定とは直接結びつくものではない。さらに、雇用関係の継続について、当然のこととして二一年間経過してきた。

(三) したがって、原・被告間には期間の定めのない雇用契約が存在するといえる。

4  期間の定めのない契約への転化

仮に本件契約が期間の定めのあるものであったとしても、次項(一)ないし(五)の事情から、遅くとも本件解雇までには期間の定めのない契約に転化した。

5  解雇の法理の適用

仮に期間の定めのない雇用契約への転化が認められないとしても、次の事情から本件契約は実質において期間の定めのない契約と異ならない状態で存在していたといえるし、そのような状態にあるとまでは認められなくとも、期間満了後も使用者が雇用を継続するものと期待することに合理性があるといえるから、被告の原告に対する更新拒絶は実質において解雇であり、解雇の法理が適用ないし類推されるというべきである。

(一) 亜大においては、原告の担当していた英語とヒンディー語の講義は恒常的に設置されており、大学にとって必要不可欠の講義であるから、期間の定めの合理性が存在しない。

(二) 仮に本件契約に一年間の期間が定められていたとしても、原・被告間の雇用契約は、既に二〇回更新され二一年間に及んでおり、更新を予定しているものであった。

(三) 原告の肩書は「非常勤講師」とはいうものの、昭和五七年度まではヒンディー語の唯一の教員であり、常勤教員の不足を補うものではなかった。また、被告では、ある程度長期間継続した非常勤講師の大半は特段の事情のない限り翌年度も更新されるのが実態であったし、非常勤講師の側も更新を期待していた。

(四) 被告が昭和五一年に国際関係学科を設置した際の教員就任承諾書等の原告に対する依頼書や、原告の在留期間延長のため法務省に提出した被告の証明書などによれば、被告が雇用期間の継続、更新を予定していたといえる。

(五) 原・被告間では、雇用契約書の授受による更新手続はとられていなかった。また、前記のとおり辞令交付はあったが、これは年度終了後直ちに行われたものではなく、期間の限定の意味をもたない。結局原・被告間では、契約の更新手続は重要とされていなかった。

(六) 以上のとおり、原告と被告の間には、双方が更新を期待する事情があり、その期待は原告の職務の性格、更新の実績、勤務期間中の事情から合理性があるものと認められる。

6  賃金請求権

昭和五八年度の原告の賃金は、月額一三万二〇〇〇円であり、支払日は毎月二五日であった。

よって、原告は、被告に対し、雇用契約上の地位の確認と、賃金として昭和五九年四月から毎月二五日限り一か月金一三万二〇〇〇円及びこれに対する右各支払日の翌日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否と被告の主張・反論

1  請求原因に対する認否

(一) 請求原因1(一)は認める。同1(二)のうち、講師として雇用されたことは否認し、その余の事実は認める。原告は、非常勤講師として雇用されたものである。

(二) 同2は認める。

(三) 同3(一)のうち、原告の採用に当って被告が雇用期間が一年間であることを全く言わなかったことは否認する。同3(二)のうち、被告が原告に対し毎年度四月一日付で昭和三八年度から四三年度までは「兼任講師」の肩書、昭和四四年度以降は「非常勤講師」の肩書の辞令を交付してきたこと、雇用関係が二一年間継続してきたことは認めるが、その余は争う。同3(三)は争う。

(四) 同4及び5は争い、同6は認める。

2  被告の主張(期間の定めの存在とその満了)

本件雇用契約は、期間が一年と定められ、これが更新されて昭和五九年三月三一日まで継続したものであり、同日限りで原告は非常勤講師の地位を失ったものである。すなわち、被告は原告に対し、昭和三八年四月一日付で亜大教養部における同学年度(同日から昭和三九年三月三一日まで)の非常勤講師(辞令上は兼任講師)を嘱託し、これを毎年更新し、昭和四四年度からは辞令上も非常勤講師を嘱託し、これを昭和五八年度まで一年毎に更新してきた。被告は、当該非常勤講師に対し、翌年度も引続き委嘱する場合には、一二月中に担当科目と翌年度も非常勤講師に委嘱する旨を記載した依頼状を手渡してきた。亜大においては、後記のとおり、非常勤講師につき期間を定めて雇用するという形態はその限られた職務内容と責任を反映したもので、原告も契約期間につき一年間の期間の定めがあることを十分知っていた。

3  期間の定めのない契約への転化及び解雇の法理の適用の主張に対する反論

(一) 亜大における教員は専任教員(専任教授、専任助教授、専任講師、専任助手)と非常勤講師とに分かれる。専任教員のうち、教授、助教授、講師は、研究及び教育に従事し大学の役職又は校務を担当することがある。これに対し非常勤講師は、委嘱された科目について授業及び指導をするだけで、大学の役職又は校務を担当することはない。また専任教員には、定年の定めがあるほかは通常在職期間の定めはなく、他に本務をもたないとされているが、非常勤講師は、あらかじめ期間を定めて嘱託され、また、他に本務をもってはならないという制約はない。さらに給与面では、専任教員には、基本給のほか、諸手当、賞与及び退職時に退職金が支給されるが、非常勤講師には、一週間に一回の授業(一コマ)を担当した場合の一か月の金額に、一週間に担当するコマ数を乗じて算出された賃金が毎月支払われるだけで、その金額も担当コマ数に応じて変動するものであり、交通費を除く他の諸手当、賞与、退職金は一切支給されない。

(二) 亜大において、専任教員の採用には相当厳しい資格条件を課しているが、非常勤講師についてはそのような厳しい制約を欠くものであり、非常勤講師につき期間を定めて雇用するという形態は、その限られた職務内容と責任を反映したもので、その分だけ身分の保証がないことになり、その嘱託にあたっては、大学が広い裁量に基づき適任者を選任し、適任でないと判断すれば更新しないのは当然の措置である。

(三) 非常勤講師は、時間的重複がない限り他に勤務をもつことが可能であり、兼務先を増やすことにより収入の増加を図る余地が認められている。原告の場合も、亜大では、昭和五八年度は一週間に六コマの授業を二日間で担当し、一か月の賃金は一三万二〇〇〇円であったが、このほかに東京大学や上智大学で同様の臨時講師として働き、相当程度の収入をあげている。

(四) したがって、原告の、期間の定めのない契約への転化及び解雇の法理の適用の主張は失当である。

三  抗弁(更新拒絶についての正当な理由)

仮に本件雇用契約を終了させるには正当な理由が必要であるとしても、原告が担当していたヒンディー語につき、受講者に関する長年の教育効果を検討したところ、毎年にわたって不合格の採点を受けて再履修を必要とする学生の数が、受講者の半数近くに達していた。原告は、もともとベンガル語の常用者であり、ヒンディー語の常用者ではなく、かつ、語学教育者として正式な資格を取得していなかったが、亜大のヒンディー語講座を開設したとき適切な専門家がいなかったためやむなく原告に委嘱したのであり、被告としては、この際学生の資質向上を図り、大学のレベルアツプを考えて、専門のヒンディー語教育者を採用し、この者にヒンディー語の教育を委ねることとした。

四  抗弁に対する認否と原告の反論

抗弁については争う。

原告に対する解雇ないし更新拒絶には正当な理由がなく無効である。すなわち、原告が二一年間も雇用されていたことは、原告の講師としての適格性を物語る。また、原告の生家の使用人はヒンディー語を常用語としており、彼らとの日常会話はヒンディー語で行なつていたし、ヒンディー語はインドの唯一の公用語であり、原告は、これに精通していた。原告の授業の受講生が成績が悪かったのは、受講生の学習態度に問題があったのであり、原告の教え方のためではない。

五  再抗弁(解雇権の濫用)

亜大において、二〇年以上勤続した非常勤講師のうち、外国人は原告のみであり、原告がいなければ被告はヒンディー語の講座を開設することができず、原告は、二一年間にわたって亜大に多大の貢献をしてきた。しかし、原告に対する解雇ないし更新拒絶は、退職記念品の希望を問い合わせる書面を突然原告に郵送するという方法で行われた。しかも被告は、原告に対する解雇ないし更新拒絶に際し、虚偽の理由を告げるなどその理由の説明をしなかったのであるから、手続的にも不当である。したがって、本件解雇ないし更新拒絶は解雇権の濫用であって無効である。

六  再抗弁に対する認否

争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1(一)(被告の地位)の事実は当事者間に争いがない。同1(二)(原告の地位)の事実は、講師として採用されたことを除き、当事者間に争いがない。成立に争いのない甲第七号証の一ないし二三、証人鰺坂芳文の証言及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告は被告に非常勤講師として雇用されたことが認められる。

二  原・被告間の雇用契約に期間の定めが存在したかどうかにつき検討する。

前掲甲第七号証の一ないし二三、証人鰺坂芳文の証言により真正に成立したものと認められる乙第二、第一四号証並びに証人宮脇昌三、同鰺坂芳文の各証言及び原告本人尋問の結果を総合すれば、被告は、原告に対し、昭和三八年四月一日付で、亜大教養部における同学年度(同日から昭和三九年三月三一日まで)の非常勤講師(辞令上は兼任講師)を嘱託し、その後昭和四三年度までは「亜細亜大学本年度兼任講師を嘱託する。」と記載された各年四月一日付の辞令を交付し、昭和四四年度からは辞令上も非常勤講師を嘱託し、「亜細亜大学本年度非常勤講師を嘱託する。」と記載された各年四月一日付の辞令を交付し、これを昭和五八年度まで一年毎に更新してきたこと(「兼任講師」及び「非常勤講師」の肩書の辞令を交付してきたことは当事者間に争いがない。)、その辞令には月額賃金を記載することもあって、辞令交付の時期は毎年四月下旬であったこと、被告は、当該非常勤講師に対し翌年度も非常勤講師を委嘱する場合には、一二月中に担当科目と翌年度も非常勤講師を委嘱する旨を記載した依頼状を本人に渡してきたこと、原告に対しても通常毎年一二月に依頼状を渡してきたこと、昭和四四年四月一日施行された亜大教員規定では、一八条で「非常勤講師は、あらかじめ期間を定めて、これを嘱任する。」と明記されたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

したがって、原・被告間の雇用契約は期間が一年と定められこれが更新されてきたものであることが認められる。

三  原告は、原・被告間の雇用契約が期間の定めのあるものであったとしても、期間の定めのない契約に転化したといえると主張し、そうでないとしても、期間の定めのない契約と異ならない状態で存在していたか、又は、期間満了後も雇用を継続するものと期待することに合理性があるといえるから、更新拒絶は実質において解雇であり解雇の法理が適用ないし類推されるべきであると主張する。

期間の定めのある契約が期間の定めのない契約に転化したと認められなくとも、期間の定めのない契約と異ならない状態で存在していたと認められるか、又は、期間満了後も雇用を継続するものと期待することに合理性があると認められる場合には、解雇の法理を類推すべきであると解するのが相当である。

そこで、本件において、これらの点につき検討する。

1  前掲乙第二号証、成立に争いのない甲第一号の二、乙第二一号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第四、第五、第七、第一二、第一三号証及び証人鰺坂の証言により真正に成立したものと認められる乙第六、第二〇号証、証人宮脇、同鰺坂の各証言及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  亜大における教員は、昭和四四年四月一日施行された教員規定によれば、専任教員と非常勤講師に分かれ、専任教員には専任教授、専任助教授、専任講師及び専任助手が該当する(それ以前は、教授、助教授及び講師に分かれていたが、非常勤講師に実質的に当るものとして、兼任講師があった)。専任教員の採用に際しては相当厳しい資格条件が課されているが、非常勤講師の場合はそれに準じる教育・研究能力があると認められる者も採用することができる。

専任教員のうち教授、助教授、講師は、専門学術の研究及び教育に従事し大学の役職又は校務を担当することがあるのに対し、非常勤講師は、委嘱された科目について授業及び指導をするだけで大学の役職又は校務を担当することはない。また、専任教員は、定年の定めがあるほかは通常在職期間の定めはなく、前記教員規定一七条では「他に本務をもたず、本学に教員として常勤できるものでなければならない。」とされているのに対し、非常勤講師は、あらかじめ期間を定めて嘱任し、引続き嘱任する場合を除き、その期間の満了によって雇用契約は終了するとされており(同規定一八条、二五条)、他に本務をもってはならないとの制約はない。さらに、賃金面では、専任教員には基本給のほか諸手当、賞与及び退職時に退職金が支給されるが、非常勤講師には、一週間に一回の授業(一コマ)を担当した場合の一か月の金額に、一週間に担当するコマ数を乗じて算出された賃金が毎月支払われるだけで、その金額も担当コマ数が年によって増減するとそれに応じて変動するものであり、交通費を除く他の諸手当、賞与、退職金は一切支給されない。もっとも、「非常勤講師に対する餞別および弔慰金等基準」(昭和五八年一月二六日部長会議決定)によれば、死亡退職者には弔慰金を、その他の退職者には記念品等を送ることになっている。そのほか、専任教員は被告の教職員会の会員になることができるが、非常勤講師は会員になることができない。

(二)  原告は、昭和三八年以来亜大において、一週間にコマ数の多い年で九コマ、少ない年で四コマの授業を毎年担当してきた。昭和五八年度は一週間に六コマの授業を担当し、これを二日間で行っており、賃金は一コマにつき月二万二〇〇〇円、一か月一三万二〇〇〇円であった。原告は、そのほか、東京大学教養学部教養学科でイギリス連邦論を、上智大学で英語を教えており、相当額の収入を得ていた。

(三)  被告は、原告に対し、原告を期間の定めなく雇用するとか、長期間継続して雇用するなどと言明したことはない。また、亜大の宮脇昌三教養部長は、昭和五八年六月二二日ころ、原告に対し、大学の方針で来年度から外国人の先生を採用しないことにしたので、来年度は原告を採用しない旨述べた。亜大としてはそのような方針を採ることにしていなかったが、宮脇は原告を傷つけないためその旨述べたのであった。

(四)  非常勤講師については、大学が教育上の配慮から適任者を求める必要がある。亜大では近時非常勤講師は二百四、五〇名いるが、そのうち四、五〇名は更新しないし、大学の都合で更新しなかった者もいる。また、非常勤講師で二〇年以上継続している者も数名いるが、外国人の非常勤講師では原告が最も勤続年数が長かった。

2  他方、成立に争いのない甲第八号証の一ないし七、第一〇号証及び証人宮脇の証言並びに原告本人尋問の結果を総合すれば、亜大においては原告の担当していた英語とヒンディー語の講義は(ヒンディー語は昭和五一年から)恒常的に設置されていたこと、亜大では、昭和五八年度に日本人のヒンディー語の非常勤講師を採用したが、それまでは原告がヒンディー語の唯一の教員であったこと、原告の在留期間延長のため法務省に提出された被告の書面には、原告の雇用期間が更新されるとの記載のあるものもあったこと、被告が、亜大経済学部に国際関係学科を昭和五一年度に設置するため、履歴書等の提出を求めて昭和五〇年七月原告に対し交付した依頼状には、昭和五三年度からヒンディー語を担当してもらう予定であるとの記載があることが認められる。

3  しかしながら、講義が恒常的に設置されていても、雇用期間の定めのある講師を雇用することは当然ありうることである。また、前記のとおり、被告の原告に対する毎年の辞令交付は一年という期間を限定したもので、重要な更新手続に当るといえる。その交付が四月一日以降であったのは、毎年の金額が固定していない賃金額を記載する都合によるものであった。

そして、右1のとおり、被告の亜大においては、専任教員はその職務及び責任の面で全般的な拘束を受けその地位が期間の定めなく継続するのに対し、非常勤講師は限られた職務を本来短期間担当する地位にあり、大学から全般的な拘束を受けないことを前提としており、非常勤講師の賃金等の雇用条件も専任教員とは異なっている。仮に被告が原告との契約の更新を予定していた時期があったとしても、被告において非常勤講師につき期間を定めて雇用するという形態は、その限られた職務内容と責任を反映したもので、その嘱託に当っては大学が裁量に基づき適任者を選任することを予定したものであり、被告はいつでも適任者を選任することができるというべきであるし、被告が昭和五九年以降原告との契約の更新を予定していたとは認められない。

また、非常勤講師の側から見ても、他に本務・兼務をもつことはさしつかえなく、他にも収入を得ることは十分可能である。原告の場合も、他大学の教員の仕事も担当して相当額の収入を得ており、かつ、その拘束の度合等からして被告との結び付きの程度は専任教員と比べると極めて薄いものであって、原告は、被告との雇用契約がそのような性質のものであることを十分に知り又は知り得たというべきである。

以上のような諸事情を考慮すると、原・被告間の雇用契約は、二〇回更新されて二一年間にわたったものの、それが期間の定めのないものに転化したとは認められないし、また、期間の定めのない契約と異ならない状態で存在したとは認められず、期間満了後も雇用関係が継続するものと期待することに合理性があるとも認められない。したがって、被告の更新拒絶につき解雇に関する法理を類推して制約を加える必要があるとはいえない。

四  以上の次第で、原・被告間の雇用契約は昭和五九年三月三一日をもって終了したものと認められる。

五  よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 新堀亮一)

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